心の丸窓(56)
偶々<たまたま>について

☞「心の丸窓」は心の杜の医師による心の診療に関するコラムです。

「たまたま○○にいった」「たまたま○○に会った」など、「たまたま」という言葉は日常的によく使われます。いっぽう私たち心の臨床家の世界に、「精神分析にたまたまはない」という言葉があります。これは一見偶然に見える出来事も、よくよく分析してみると実はいろいろな要因が影響し合った末の必然的成り行きなのだ、という物事の捉え方を表した言葉です。この成り行きにしばしば深い影響を与えるものに「無意識的動機」があります。

例えば「Aさんが学生時代によく行った喫茶店にたまたま立ち寄ったら、たまたま大学時代の同級生Bさんと会い、話をしていたらたまたま意気投合し連絡を取り合うようになった」という出来事があったとしましょう。Aさんがその喫茶店に立ち寄ったのはなんらかの事情でAさんの中で学生時代を懐かしく思い、その気分に浸りたい無意識的動機があったからかもしれません。もしBさんが同様の事情で最近その喫茶店に通い詰めていた、ということがあったとすれば、2人が遭遇するのは時間の問題だったといえるでしょう。そしてAさんとBさんの心境が同じであれば、意気投合したのも自然な成り行きといえるでしょう。このように一見偶然に見えることにも、しばしば隠れた意味や理由、「必然」があります。

今まで偶然だと思っていたものが、実はさまざまな想いや要素の積み重ねの結果だと考えると、人生がひと味違う奥行きをもったものになりそうな気がしませんか?

 

(月河葵 記)

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