心の丸窓(20)ストレス・コーピングと精神療法(カウンセリング):後編

☞「心の丸窓」は心の杜の医師による心の診療に関するコラムです。

それぞれの人のストレス・コーピングの在り方はたいへん複雑で、実に個性的なものです。それはストレス・コーピングが個人のもって生まれた気質を基礎に、今日に至るまでの多くの人々との関わり〜とりわけ心のあり方の基礎が形成される、生後数年間の養育に携わった両親との濃密な関わり〜を通じて獲得されていくものだからです。そしてそれがうまく機能し得なくなったとき、あるいはその機能を超えたたいへんなストレス状況におかれたとき、心と身体はさまざまな不具合を生じるのです。

そのようなとき私たち心の専門家は、十分に機能できなくなったコーピングを補強したり、より適応的なコーピングへの成長を支援します。そしてそれは薬でも機械でもなく、生きた情緒と思考を兼ね備えた心理的存在としての私たち自身、つまり私たちの「心」を用いて行なわれます。それゆえそれは心理療法、あるいは精神療法(psychotherapy:サイコセラピー)と呼ばれるのです。心を用いて影響を与えるといっても、それはあくまでも科学的な理論と技法に基づいて行なわれる治療法であるという点で、親子や友人関係で生じる心の交流とは異なるものです。

精神療法においては、その人の心のありようやその外的な表れとしての行動の特徴がいろいろな形で持ち込まれ、患者さんと治療者(セラピスト)との共同作業の中で吟味されることになります。例えば何事につけ成功や達成が間近になるとひどく緊張し、決まってミスを犯して成果を取り落としてしまうという人(仮にAさん)がいるとします。そこではいったい何が起っているのでしょう。もしかするとAさんの中では、周囲の人々は嫉妬深く、自分の成功を内心快く思わないのではないかという不安があり、それに屈するものかという思いが過度な緊張を呼び、結果として失敗を招いてしまうということが起っているのかもしれません。その場合Aさんの現実の捉え方(認知)が過度に偏っているために事態の悪化を招いていることを共有し、その修正を目指すのは一つの解決方法でしょう。このような認知の修正に焦点を当てる精神療法を認知(行動)療法といい、通常数ヶ月単位の取り組みとなります。

いっぽう人は頭で分かっても、そのとおりにやり方を変えるのはなかなか難しいという部分も持っています。それは人が感じ、考え、行動し、人と関わるという生きる営みが必ずしも全て意識的に行なわれているわけではないからです。むしろその多くは無自覚的、無意識的に生じる過程なのです。単なる知的理解は残念ながらこの無意識の心の過程にはほとんど影響を及ぼしません。影響を及ぼすためにはそこに生き生きとした情緒体験を伴う理解(情緒的理解)が必要なのです。Aさんの場合、たとえばセラピストに意識的には信頼を寄せながら、自分の治療がうまくいきそうになると、そのセラピストまでもがそれを快く思わないかも知れないという不安が、無意識のうちに面接場面で生じる(再現される)という局面があり得るのです。そしてこのセラピストとの間に今ここのこととして生じる思いや考えをともに見つめ理解する中で、情緒的理解がようやく芽生えるのです。そのような過程にまで理解の範囲を広げる精神療法を精神分析的精神療法と呼びますが、深い心を扱うため通常年単位の取り組みが必要となります。

どのような精神療法に取り組むのが適しているのかは、時間などの外的な要因だけでなく、個々の心のありようや治療への動機づけなどさまざまな要因を考慮し、ご本人と医師とが十分に話し合いながら決めていく必要があります。

(カラマツ林の梟 記)

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