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心の丸窓(58)「私の病気、治りますか?」

☞「心の丸窓」は心の杜の医師による心の診療に関するコラムです。


「私の病気、治りますか?」診療の場面で、患者さんからこう尋ねられることは少なくありません。辛い病を抱えた患者さんにとって切実なこの問いはしかし、「はい」「いいえ」と簡単には答えられない複雑な要素を含んでいます。今回はその問いを、うつ病を例に一緒に考えてみたいと思います。

うつ病を患うと、辛いさまざまな症状が現れます。眠れない、食欲がない、身体がだるい、憂うつで何の希望も感じられない、仕事や勉強だけでなく日々のちょっとした作業や趣味さえも億劫でやる気がしない、何をしても楽しくないなどそれは多岐にわたり、心と身体の双方にまたがります。これらの症状が解消することを「治る」ことだとすると、適切な負担の軽減や休養と薬の治療により、多くのうつ病の患者さんは「治る」と言って良いでしょう。但しそれは、服薬した状態での症状からの解放という意味においてです。専門用語ではその状態を「治癒(ちゆ)」ではなく「寛解(かんかい)」と呼びます。うつ病を例にとると、標準的な治療では薬物療法を半年程度継続しながらこの寛解状態を維持します。そこから病状の再燃(治療の途中に病状が再び悪化すること)に気をつけながらゆっくりと薬を減らし、最終的に薬のいらない状態に達した後、一定期間再燃がないことが確かめられてようやく「治癒」したことになり、治療を終えます。この状態を「治った」と捉えると、うつ病を患ったかなりの割合の方は「治り」ます。しかし一部の方は減薬の途中で再燃することもあるので、治療を始める時点で「治ります」とも言い切れないのです<☞心の丸窓(7)うつ病と薬>。さて服薬を終了して一定期間再燃しなかった方は完全に治った(「完治(かんち)」)と言って良いでしょうか。残念ながらそう言い切ることもまた難しいところがあります。なぜならうつ病を患ったのは、その方がある種の体質や性格傾向を持っていたからという要素もあり、その場合は状況次第でうつ病が再発する(治療が終了した後に、再び同じ病にみまわれる)ことがあるからです。体質は生来的な要因によるので、今日の医学では変えることは困難です。但し性格傾向については、精神療法に取り組むことを通じてある程度変えられる可能性はあります<☞心の丸窓(41)治ることをめぐって>。

こうして考えてくると、完治することを「治る」と呼ぶなら、うつ病が治る割合はそれほど高いものではありません。そう言われると悲観的な思いを抱かれるかもしれません。しかし私たちが生涯に罹患する可能性のある病の大半は、完治はおろか治癒することすら容易ではないのです。風邪などの感染症の多くは完治することを望めるでしょう。一方高血圧症や糖尿病など多くの成人病は、良好なコントロールを維持するために生涯服薬を続ける必要があるのです。つまり寛解はするけれど治癒はしないと言えます。しかしだからといってそれらの病気を「不治の病だ」という方はあまりいないでしょう。服薬や生活習慣を健全に保つことで、生涯健康な生活を送ることができるのですから、「不治」という呼び方は相応しくありません。その意味で、多くの場合寛解を期待することができ、治癒することも少なくないうつ病が「治る」ことに、私たちは十分に希望を持って診療にあたっています。不本意ながらうつ病を患った方、うつ病かもしれないと不安を抱かれる方、絶望することなく、あるいは躊躇うことなく、私たちと一緒に「治して」いきませんか。

 

(カラマツ林の梟 記)

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