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☞「心の丸窓」は心の杜の医師による心の診療に関するコラムです。
  

旧約聖書のバベルの塔のエピソードは次のようなものです。〜人々が、天にも届く高い塔を造って名声を上げてまとまって暮らそうと思い立ち、建設を進めた。神はそれを知り、人々がいくつもの異なる言葉を話すようにさせたために、混乱によって塔の建設は中断とならざるをえず、人々は散り散りになっていった。〜人間の傲慢を神が罰し、牽制したという解釈が定説といえるでしょう。

いま、日本で展示されているブリューゲルの「バベルの塔」を見てきました。細密に描かれた人々の建設の営みは勤勉で悦びに満ちて見え、あまり傲慢には感じられません。能動的に何かを造り出すことには、本来健全な満足や自己肯定感が備わっているものです。同時にそこには、どこまでもやってみたいという欲望もあるでしょう。その果てには何でもできると万能感を抱いてしまいかねない危うさも人間にはあります。

精神分析的な姿勢は、人は心の中では自由でありつつも、現実とふれあうところに生じる限界を受け入れることを旨とします。人が健全な自己肯定感を失わず、かつ自己愛が肥大しすぎないという幅の中を揺れ動き、限界の苦渋も味わうことが心の深みを増すといえるでしょう。これは人類の課題でもあり、ひとりの人間の一生の課題でもあるように思えます。

(風蘭 記)

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