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心の丸窓(37)ひとの心の成り立ちについて

「心の丸窓」は心の杜の医師による心の診療に関するコラムです。

 

 今年のハロゥインは土曜日ということもあり、例年以上に盛大なものでしたね。仮装した人たちであふれた渋谷の街並みも何度もニュースで取り上げられていました。ここ数年、かぼちゃの顔の妖精ジャック・オー・ランタンも仮装行列もお馴染のものとなりました。私の記憶が正しければ、かつてはここまでハロゥインで盛り上がっていなかったと思います。これは、日本人がさまざまな文化を「取り入れ」ることに長けているということなのかもしれません。

 さて今回の心の丸窓は、私たちの考えているひとの心の成り立ちと「取り入れ」について述べてみたいと思います。なお「取り入れ」を語る時には「排出」という言葉が対となります。

 赤ちゃんは、まさに「取り入れ」と「排出」でお母さんを含む外界と交流しています。空腹や濡れたおむつに不快を感じると、泣いたり手足をばたつかせてお母さんにそれを「排出」します。その時の赤ちゃんは、「自分が空腹(または濡れたおむつ)で不快に感じている」と自分の状態を理解しているわけではなく、得も言われぬ不快感に苛まれ、ただ泣いたり手足をばたつかせることで、その不快感を「排出」せざるを得ないと考えられます。お母さんはそこから赤ちゃんの不快感を理解し、授乳したり、おむつを替えたりします。その時にお母さんが「おなかが減っていたのね」「おむつが濡れていて気持ち悪かったのね」という言葉をかけると、赤ちゃんはおっぱいでおなかが満たされる感覚や清潔なおむつという心地よい感覚的な満足だけではなく、自分の不快感の意味を母親の言葉を通じて理解するようになっていきます。そこで赤ちゃんは、空腹を満たしたりおむつを取り替えてくれ、自分の不快な体験を理解して伝えてくれる良いお母さん像を自分の心の中に「取り入れ」ます。

 もちろんお母さんは赤ちゃんの「排出」に常に正確に応えることはできません。したがって、お母さんが赤ちゃんの「排出」の意味を読み違えて対応した時は、不快を解消してくれない、理解に失敗する悪いお母さん像が「取り入れ」られてしまうのですが、これも避けられないことなのです。このように繰り返される母子関係の「取り入れ」「排出」をもとにして、赤ちゃんの心はだんだんとできあがっていきます。

 そういった良いお母さん・悪いお母さんの二つに分裂したお母さん像もいずれ、「良い面も悪い面も持っているお母さん」像という、より現実に即した理解へと変化していきます。そしてお母さん像に加えて、お父さんや兄弟姉妹、学校の先生や友達などいろいろな像が「取り入れ」られて、心はより複雑さを増していきます。

 今私が述べたのはすごく簡略化したもので、実際には赤ちゃんが生来持っている本能も大きく影響を及ぼしてきます。こうして出来上がる心の中には、さまざまな性質を持ったたくさんの像が存在しており、常に「排出」と「取り入れ」を繰り返し日々変化する内なる世界であると想定されています。そして人はそれぞれ違う人生を歩んでいますから、心は皆異なっているとも考えられます。

 ご存知のように、このような心は私たちを支えてくれるのですが、不調に陥ることもあります。例えば心の丸窓で何度も述べられている「対象喪失」<「心の丸窓」(25)(30)(35)(36)>は、心に大きな打撃を与え、私たちを不調にする可能性のある出来事です。対象喪失に伴って「ぽっかりと心に穴が開いた」という表現はなんと相応しいことでしょうか。

 私たちが行っている精神分析や精神分析的精神療法は、このような心と向き合い、患者さんの心からの「排出」を受けてその意味と心の在り方を私たちが理解し、その理解を伝え、それを患者さんが「取り入れ」る、そしてまた何かが「排出」される、その過程を繰り返し、心が少しずつ変化していく長い旅とも言えましょう。

 

(湖底の月 記) 

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