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「心の丸窓」は心の杜の医師による心の診療に関するコラムです。

  

 今年もお盆の時期が過ぎ、夜気には涼風が混じるようになってきました。お盆といえば昨今は、休暇のほうに焦点が当てられがちですが、本来は亡き人々(先祖)の霊がこちら側にひととき戻ってくることになっている期間です。このように慣習的に私たちは亡き人々とときどき向き合うわけですが、そのときの相手というのは、私たちの心の中に結ばれた像といってよいでしょう。

 心の丸窓(13)(24)にあるように、大切な対象を喪うことは、心にたいへん大きな揺さぶりを与えます。しかしこれはもっともなことでもあるのです。十分に揺れた後、時間の援助を得ながら少しずつ、亡き対象心の像としてまとまってゆくものです。心の揺れが安全に過ぎていくためには、喪失という体験を誰かと共にすることの意義が大きく、葬送に関するさまざまな儀礼には別れや送りをシステムの形にした文化としての側面があります。

 ところが、喪失をめぐるより個別的な心の中のことについて、じっと見つめたり、繰り返し思ったりすることが、保留されたままで過ぎてしまうこともあります。すると、場合によっては、心の一部の柔軟性を削がれてしまうこともあれば、予期しない不安定がもたらされることもあります。それは必ずしも専門的援助を必要としない不具合であるかもしれません。あるいは、治療を必要とする心の病にまで至ることもあります

 精神科の診療においては、こうした状況全体を見渡して、どのような心の状態になっているのか、そして何が必要なのかを患者さんとともに考えていく役割を担っています。そして大切な人は喪われても、見送る人の心の中に確かな形で像が結ばれてゆくことを願い、援助したいと思っています。

 

(風蘭 記)

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